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大阪地方裁判所 昭和59年(わ)2043号 判決 1985年4月03日

主文

被告人を懲役八年に処する。

未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

押収してある猟銃一丁(昭和五九年押第五〇六号の1)、散弾実包八発(同号の2、解体試射したもの二発、試射したもの二発、解体したもの二発を含む。)、空やつきよう一個(同号の4)をいずれも没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、鳥取市内の高等学校を卒業し、工員等を経て、昭和三五年六月一日付で兵庫県警察巡査となつて派出所勤務を続け、昭和四五年六月巡査長に任用され、昭和五五年三月二九日からは同県川西警察署警邏課に配属され、同警察署管内の小花派出所に勤務していたものであるが、昭和五三年五月、家族が夫婦と子供四人に増え昭和四八年に購入した家が手狭になつたことに加え、見栄も手伝つて、同県宝塚市清荒神五丁目三七番地の四所在の土地付注文建築住宅を代金約二三〇〇万円で購入し、それまで居住していた家の売却代金と銀行、住宅金融公庫及び警察共済からの合計一九六〇万円の借入金とをその支払いに充て、右借入金の毎月の返済額一〇万円余を抱え、収支ぎりぎりの生活を余儀なくされることとなつた。ところが、昭和五三年一〇月ころ、右新居に移転したところ、建て付けが悪い等の瑕疵が目立ち、また、その売主が施工業者となつて被告人方の敷地一杯に接するようにして隣地に家屋を建築したことに不満を持ち、右売主らに対し損害賠償請求訴訟を提起するに至つたが、その費用が捻出できず、所謂サラ金業者から合計約一〇〇万円を借入れたことから家計に破綻をきたし、以後小遣いや、右サラ金業者への返済のために次々とサラ金業者からの借入れを重ね、昭和五七年八月上旬ころには、前記訴訟の和解が成立したものの、目算と異なり七五万円しか和解金が入らなかつたため、これを返済に充てても、なおサラ金業者に対し約二〇〇万円の借金が残る事態となつた。そこで、同月中旬ころ、妻と相談のうえ已むなく右住居を手放す決意をし、不動産業者に売却の仲介を依頼したが買手が付かず、昭和五八年九月ころにはサラ金業者からの借入金が合計約七五〇万円にも上り、毎月の返済に追われた挙句、ひつたくりでもするしかないとまで考えるようになり、同年一〇月から一一月にかけて、その際に使用すべき足として、判示第三の一ないし三の原動機付自転車等の横領を犯したものの、ひつたくりを敢行する決意が中々つかぬまま、昭和五九年一月には警察信用組合から住宅修理費名下に一〇〇万円を借受けてサラ金業者への返済に充てるなどしてしのいだが根本的な解決には到底至らなかつたため、同年二月ころからひつたくりの代わりに金融機関強盗を考えるようになつた。しかし、その直後の同年三月に起きた兵庫県警の現職警察官による銀行強盗事件で一旦敢行を思いとどまつたものの、右事件を契機として悩みがあれば部内生活相談係へ来るようにとの再三に亘る呼びかけに対しても、辞職を余儀なくされるものと恐れて応ぜず、妻にも窮状を打ち開けずにいるうち、遂に同年三月末、サラ金業者から新たな貸付けを拒絶され、翌四月初めには、クレジットカードで品物を購入して即座に入質し、返済金を工面せねばならない程の状況にまで追い込まれた。かくて、警察共済、警察信用組合、住宅金融公庫及び銀行からの借入金合計約一七〇〇万円と、サラ金業者一四社からの借金合計約七五〇万円とを抱え、次々に期限の到来するサラ金業者に対する借金の返済に窮し、このころから金融機関強盗の決行を次第に本格的に考え、その手筈として、規模がさほど大きくなく警備も手薄で、しかも場所としても大阪府池田警察署管内の金融機関を襲つて兵庫県川西警察署管内の自己の勤務する前記小花派出所の受持区域内に逃げ込めば、緊急配備も遅れるであろうし、地理にも明るいので、逃走が容易であろうなどと思案のうえ、同府池田市槻木町一番五号所在の株式会社幸福相互銀行池田支店に狙いを定める一方、犯行にはかねて入手し、趣味の狩猟やクレー射撃に使用していた猟銃(水平二連式散弾銃)を用いること、犯行に赴く際等の拠点として、以前近隣住民の要請によりパトロールで立ち寄つたことのある兵庫県川西市小花二丁目一七番一四号所在の空家を利用すること、防犯カメラ等に備えて右空家内にあつた黒色ヘルメット等で変装すること、及び、右支店に赴く際と逃走用に他人の原動機付自転車をナンバープレートを付け替えて使用すること等を定め、この計画に従つて、同月二二日、右空家に、前記猟銃(釣竿用の水色布袋に入れたもの)及び散弾実包九発、変装用の国防色作業上衣及び古い制服夏ズボン並びに付け替え用のナンバープレート三枚等を搬入し、翌二三日には、勤務中、犯行に使用する足として判示第四のとおり原動機付自転車を窃取し、これに給油をし、試運転のうえ、ナンバープレートを外して前記空家付近の同市小花二丁目二四番一七号所在の川西市市民プール北側に隠し置いた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一

一  右の経緯で銀行強盗を計画、準備し、昭和五九年四月二四日、いよいよその決行の時期を狙つていたところ、同日午後から単独行動を許される勤務になつたのを奇貨として、同日午後一時三〇分ころ、前記空家に赴き、制服からかねて準備の国防色作業上衣と古い制服の夏ズボンに着替え、茶色サングラス及びマスクを着け、黒ヘルメットを被り、軍手をはめて変装し、猟銃に装てんした二発と、予備としてその残りの散弾実包七発(昭和五九年押第五〇六号の2は猟銃に装てんしたもののうちの一発と残り七発)を携えたうえ、前記原動機付自転車に偽装用のナンバープレート(池田市え三七一四)を取り付け、これを運転して大阪府池田市槻木町一番五号所在の前記株式会社幸福相互銀行池田支店(支店長宮川昌己<当時四八歳>)に赴き、同二時五〇分ころ、同支店店内において、同支店長、同支店支店長代理笹田昌彦(当時四四歳)及び執務中の同支店従業員らに対し、実包二発を装てんした所携の猟銃(昭和五九年押第五〇六号の1)を、水色布袋から銃身のみを出して構え、カウンター越しに、「金を出せ。」と申し向けるや同支店奥めがけて一発発砲して脅迫し、宮川らの反抗を抑圧したうえ、同支店従業員高橋愉美がカウンター上に差出した前記宮川管理にかかる現金一二一万五〇〇〇円を強取し

二  兵庫県公安委員会の許可を受けて前記猟銃一丁を所持していたものであるが、法定の除外事由がないのに、前同日午後二時五〇分ころ、前記株式会社幸福相互銀行池田支店店内において、前記のとおり宮川らを脅迫するためにこれを発射し

第二  前同様の許可を受けて前記猟銃一丁を所持していたものであるが、前記株式会社幸福相互銀行池田支店において金員を強取するために使用する目的で、前同日午後二時四〇分ころから同二時五〇分ころまでの間、前記空家から同支店まで右猟銃一丁を携行し、もつてその許可に係る用途に供する場合その他正当な理由がないのに右猟銃一丁を携帯し

第三

一  昭和五八年一〇月中旬ころ、兵庫県川西市小花二丁目二六番一三号先猪名川右岸堤防上において、氏名不詳者により置き去りにされた込谷育彦所有の第一種原動機付自転車一台(時価五万円相当)を発見しながら、自己の物とするため、正規の手続を取らず、そのころ、これを同県宝塚市清荒神五丁目三七番地の四の当時の自宅に持ち帰り、もつて横領し

二  同月中旬ころ、同県川西市小花二丁目五三六番地先猪名川右岸河川敷阪急電鉄宝塚線高架下において、氏名不詳者により置き去りにされた木村和美所有の第一種原動機付自転車を発見し、そのころ、同市小花二丁目一番六号所在の兵庫県川西警察署小花派出所先空地において、右車輛のナンバープレート一枚を自己の物とするため、正規の手続を取らず、取外してこれを横領し

三  同年一一月中旬ころ、前同市小戸二丁目九番二一号先猪名川右岸堤防上において、氏名不詳者により置去りにされた三浦明美所有の第一種原動機付自転車一台(時価五万円相当)を発見しながら、自己の物とするため、正規の手続を取らず、そのころ、これを前記第三の一記載の当時の自宅に持ち帰り、もつて横領し

第四  昭和五九年四月二三日午前一時三〇分ころ、前同市栄町二四番一号所在のパチンコ店「みやこセンター」東側路上において、片岡陽子所有の第一種原動機付自転車一台(時価二万円相当)を窃取し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定についての補足説明)

第一被告人は、判示第一の一の強盗(以下「本件強盗」という)の犯意形成時期及び準備行為並びに判示第四の窃盗の所為について、捜査段階においては、判示認定に副う詳細な自供をなしていたのに、公判に至つてこれらの点を争い、本件強盗を最終的に決意したのは、犯行当日の昭和五九年四月二四日であり、同日朝、猟銃や変装用具及び偽装用に用いたナンバープレート(以下「本件ナンバー」又は「池田ナンバー」という。)を含む二枚のナンバープレート(以下単に「ナンバー」ともいう。)を用意し、自動車に積んで出勤したのであつて、それ以前に判示のように兵庫県川西市小花二丁目一七番一四号所在の空家(以下「空家」という。)にこれらを搬入する等の準備行為をなしたことはなく、本件強盗の際に使用した判示第四の原動機付自転車(以下「本件原動機付自転車」という。)は同月二三日午前二時三〇分ころ、同市小戸三丁目一二番一〇号所在の川西市下水道部敷地内の木造二階建の空家(以下「廃屋」という。)北側において巡回警ら中発見し、翌二四日にここから持出して本件強盗に使用したものであるから、判示第四の如く窃取したものではなく、従つて、判示の如く川西市市民プール北側に隠して置いたことはない旨、同月二三日から翌二四日にかけての行動について、後記認定のとおり一部変遷矛盾する点があるものの、右主張にかかる本件原動機自転車の発見時刻・場所を前提として右各主張に副う一連の自己完結的な主張・供述をなし、弁護人も、被告人の公判廷供述を基に、本件強盗の判示計画性及び判示第四の窃取を争つている。

そこで、判示第四の窃盗の訴因にかかる事実及び本件強盗の計画準備の具体的内容の認定のためには、結局これらの点についての、被告人の捜査官に対する各供述調書の全体としての信用性と公判廷における一連の供述全体のそれとを比較・吟味する必要が生ずるのであるが、被告人の当公判廷における右供述は、一連の自己完結的なものであるが故に、その一部に措信し得ないものがあれば、全体としての信用性が低下する関係にあるので以下、主要な点に絞つて詳述する。

第二

一ナンバープレートについて

1 関係各証拠によれば、本件に関連して次の五枚のナンバープレートが存在することが認められる。即ち、

(一) 本件ナンバー。

(二) 昭和五九年四月二八日、空家において発見された「伊丹市め七七〇」及び「八尾市う二三五四」のもの(以下それぞれ「伊丹ナンバー」、「八尾ナンバー」という。)。

(三) 判示第三の一の事実にかかる原動機付自転車から被告人が取外したもので、同月二五日、空家の検証の際に発見された「川西市い六八一二」のもの(以下「川西ナンバー」という。)

(四) 本件原動機付自転車から被告人が取外し、同月二九日、廃屋において発見された「川西市い四〇五二」のもの

である。

2 そこでまず、伊丹ナンバー及び八尾ナンバーの発見経緯についてみるに

(一) 司法巡査作成の昭和五九年四月二八日付領置調書及び同年五月五日付捜査報告書(本文二丁のもの。)によれば、右二枚のナンバーは、同年四月二八日、空家西側トタン張の下方の隙間に、薄緑色のビニール袋に入れて包まれ、差込むように置かれていたのを発見されたものと認められる。

(二) そして、右捜査報告書には、被告人の供述に基き捜索した結果、これを発見した旨記載があり、証人清水章夫も当公判廷において右と同趣旨の供述をなしているところ、

(1) 被告人は右捜索に先立つて作成した昭和五九年四月二七日付の「犯行前に隠(く)していた単車を置いていたところ及び変装用道具やナンバープレートを隠(く)していたところ」と題する図面(被告人の同日付司法警察員に対する供述調書添付)中で「犯行に使用する目的でナンバープレート三枚を隠していたところ」と説明を付した図示をなし、司法警察員に対する同年五月五日付供述調書中には、本件強盗の際使用する単車の偽装用として使用するため、池田、八尾及び伊丹の三枚のナンバープレートを青色ビニール袋に入れ、同年四月二二日に空家の裏のトタン塀の隙間からこれを差込むようにして隠したとして右図面で説明する供述記載が、また、司法警察員に対する同年五月七日付供述調書中には、同年四月二四日、本件強盗に赴く前に右三枚のナンバープレートから池田ナンバーのもののみを取出し、川西市市民プール脇で、同所に同月二三日に予めナンバープレートを外して隠しておいた本件原動機付自転車に取付けた旨の供述記載がそれぞれ存在し、検察官に対する同年五月一〇日付供述調書中にも同旨の供述記載が存在すること。

(2) 関係証拠によれば、同年四月二五日、空家及びその付近を対象場所として検証がなされ、その際南から三軒目の空家西側縁先の雑草やごみ屑の中から川西ナンバーが発見領置されているが、右検証は、捜査官が本件強盗直後手配の単車と同色の原動機付自転車を発見した際、単車から降りた男が釣竿袋様の物を持つて空家へ入つたとの情報を得て、本件強盗で使用した猟銃等及び被害品の所在の認定と証拠保全を目的として行なわれたもので、主として空家内部が重点的に検証されており、西側トタン波板を意識的に検証した形跡は窺われず、しかして捜査官が右検証の際に、既に右伊丹、八尾の二枚のナンバープレートを発見認識していたとは認められないこと

(3) 右(1)・(2)からみて、捜査報告書の記載及び証人清水章夫の供述は信用することができるから、伊丹ナンバー及び八尾ナンバーは被告人の説明を端緒として発見領置されたと認むべきである。

なお、被告人作成の前記図面の図示によると、南から二軒目の空家西側にトタン塀があつて、そのトタン塀内側付近に三枚のナンバーを隠匿したような記載になつているけれども、司法警察員作成の検証調書及び前記司法巡査作成の昭和五九年五月五日付捜査報告書によれば、右空家西側にトタン塀はなくて、その隣の南から三軒目の空家西側にトタンの波板囲があり、その隙間から右二枚のナンバーが発見されているものと認められるのであるが、右の程度の相違は被告人の図示が記憶に基いて自発的になされたことを裏付けこそすれ、前記認定を左右するものではない。

3 従つて、右図面は所謂秘密の暴露をしたもので、信用性が高く、これに基き、三枚のナンバーの中から本件ナンバーを持ち出したと説明する前記各供述記載もまた高度の信用性を有すると認められる。

4 これに対し、伊丹ナンバー及び八尾ナンバーについて、被告人は、第一一回公判期日において、これらは全く身に覚えのない物で空家にあることは知らず、被告人の供述により発見されたのではない旨供述しながら、第一二回公判期日においては、同年三月中旬ころ不審な少年が空家に出入りしているとの通報を受け、パトロールに行つた際に八尾と伊丹のナンバーを含む三枚のナンバーがあるのを発見しており、取調べのときにはこれを思い出して供述した旨供述するなど、その公判廷における供述には矛盾を含む変遷があるうえ、被告人が簡単にパトロールした際に発見したとは到底考え難いのみならず、司法巡査作成の昭和五九年一一月三〇日付捜査復命書によれば、伊丹ナンバーは同年四月下旬ころ窃盗被害にあうまでは正規の使用者が管理していたと認められるから、それ以前に空家にあつたのを見たとする供述は到底信用し難いから、公判廷における右供述部分は全く措信し得ない。

5 また被告人は、本件原動機付自転車に取り付けた池田ナンバーは、犯行当日の朝自宅から他の一枚と共に持ち出した旨、公判廷で供述しているのであるが、これも第一〇回公判期日においては、同日午後、廃屋において、本件原動機付自転車に一枚を取付け、残り一枚は空家まで持参してそこに置いておいた、残り一枚は何処のナンバーだったか憶えていないが、本件原動機付自転車に川西のナンバーのものが付いていたので、川西のナンバー以外のものを持つて行こうと思つた旨供述しながら、第一一回公判期日においては、犯行当日の朝は池田のナンバーと川西のナンバーの二枚を持出して池田のナンバーのものを使用し、川西のナンバーのものは廃屋の近くに置いていたとか、一旦空家まで持参したが、犯行に出発する際に空家近くの阪急電車の高架下の奥の路地に置いたとか供述するなど、相矛盾する供述をなすのみならず内容を転々と変えているうえ、証拠上被告人の所持していたこと及び空家で発見されたことの明らかな川西ナンバーについて供述を濁しておること等に照らし、被告人の当公判廷における右供述部分は措信し得ない。

6 してみると、以上の点からみて、被告人のナンバープレートに関する当公判廷における供述は到底信用性がなく、被告人は、昭和五九年四月二二日に自宅から池田ナンバー、伊丹ナンバー、八尾ナンバーの三枚を持出して空家に隠し、本件強盗の犯行当日に池田ナンバーを取出して使用したほか、これとは別に川西ナンバーをも空家に隠していたと認めるのが相当である。

二本件強盗当日の被告人の行動について

1 関係各証拠、特に被告人の司法警察員に対する昭和五九年五月七日付供述調書、検察官に対する同月一〇日付供述調書及び同人作成の同年四月二七日付の「事件当日銀行に押入る前後に自分の車を止めていたところ」と題する図面(同日付供述調書添付)によれば、被告人は捜査段階において、本件強盗を犯した日の行動について次の如き供述をなしていたことが認められる。すなわち、本件強盗をなした当日、午後から単独行動が許されたため、自家用車で右図面中①と表示した場所(兵庫県川西市小花二丁目七番一六号先路上)まで行きそこに自動車を東向きに駐車して空家まで徒歩で赴き、そこで着替え等をした後本件強盗を犯した。その後、一旦小花派出所に戻つたりした後、道路幅員の広い場所へ自動車を移動させるべく、右場所から歩道の分だけ広くなつている数十メートル程前方に移動させて小花公園横(右図面中②と表示した場所)に止め、後部座席から警棒を取り出して身に着け、ドアを閉めたと同時位に、知人の松本栄子から声を掛けられシロップを飲ませてもらつた、というのである。

2 これに対し、被告人は、当公判廷においては、一連の行動として、次の如き供述をなしている。すなわち、本件原動機付自転車は、同月二三日午前二時三〇分ころ廃屋で発見したが、そのまま放置しておいた。翌二四日午後、自家用車で廃屋まで行つてその付近に駐車し、廃屋から右原動機付自転車を運転して空家まで行き、そこで着替えた後、本件強盗を敢行し、再び空家に戻つて、徒歩で廃屋付近まで自動車を取りに行き、これを前記小花公園横(図面で②と表示した場所)まで運転して行つてそこに駐車した。そして、一旦小花派出所に戻り、勤務してから川西警察署に引揚げるべく右派出所を出た後、右駐車場所において右自動車に乗り込み、発進のためエンジンを始動させていた時に前記松本から声を掛けられた。その前後に同駐車場所を移動させたことはないというのである。

3 そこで松本栄子の被告人目撃状況についての供述をみると、同人の司法警察員に対する供述調書中には、同女は、昭和五九年四月二四日午後四時二〇分ころ、小花公園から、その東側に南北方向に走つている阪急電鉄宝塚線西側沿いの道路を、北から南へ向けて走行してきた自動車が右公園東側の三メートル程北寄りに停まり、以前から顔見知りの制服姿の被告人が運転席から降りてきて、後部右側のドアを開け、車内に上半身を入れて後部座席に置いている何かを包むような動作をしていたのを目撃し、被告人が後部右側のドアを閉めた時に前記公園内から声を掛けた旨の供述記載が存在する。

4 右の如く、被告人が松本から声をかけられた際の状況について、被告人の捜査段階における各供述調書中の供述記載は、松本の右供述記載におけるその目撃状況とほぼ一致しており、公判廷における供述はこれと大幅に食い違つているところ、前記松本栄子の供述調書は昭和五九年四月二八日付で作成されており、一方前記図面は同月二七日付で作成されているのであるから、捜査官が松本の供述を前提に右図面を作成させたものではなく、被告人が自発的に作成したものであることは明らかであり、被告人の右各供述調書中の供述記載はこの図面を基にした説明であるのみならず、わざわざ数十メートルのみ車を移動させるなどというのは特異な行動であつて現実にそれを行つた者にしか説明しえない事柄であると窺えるから、これらは、捜査官による見込ないし誘導的取調べの結果作成されたものではないと認められる一方、松本の右供述調書は具体的かつ詳細で淀みなく、体験事実をありのままに述べたことを示す供述記載を多く含むものであつて、被告人の供述を基にした誘導的取調べにより作成されたものでないことも明らかである。従つて、この点についての被告人の右各供述記載こそ高度の信用性を有すると認められ、その反面、松本の目撃状況と齟齬する点を含む被告人の当公判廷における右供述部分は措信し得ないものである。

三本件原動機付自転車の発見時刻及び場所に関する被告人の捜査官に対する供述について

証人清水章夫の当公判廷における供述によれば、被告人は本件原動機付自転車を発見した時刻及び場所について、当公判廷において自認するとおり、前記第一記載のような弁解をなしたことはなく、ただ捜査官に対し、当初、昭和五九年四月二三日午前一時ころ、阪急電鉄宝塚線能勢口駅近くの旧太陽神戸銀行の空地でナンバープレートの付いていないものを発見した旨の供述をなし、これについて捜査官から追及を受けて供述を変え、判示第四認定のとおりの自白をするに至つたことが認められる。被告人は、当公判廷において、前記第一記載のような弁解をしなかつた理由について、最初はそう言おうと思つたが、遠いしおかしいと思われると考えてやめた旨供述するが、被告人の司法警察員に対する昭和五九年四月二六日付供述調書中には、右当初の供述どおりの記載がなされていることからみて、捜査官が当初から被害届に基く場所などを押しつけようとしていたとは考え難く、むしろ、まずは被告人の弁解を聞き、それを供述調書に記載する態度に出ていくものと認められるから、被告人の当公判廷における前記供述は理由をなしておらず、却つて、弁解の機会がありながら前記第一記載のような供述をなさなかつたことは不自然・不合理であると言うべきであり、当公判廷における右第一記載の供述は信用できない。

四してみると、被告人の当公判廷における供述は、(1)本件強盗の準備行為と深く関わる本件ナンバーを、右強盗の日以前に、既に空家に運び込んでおいたことがない旨の部分、(2)本件強盗の当日、準備のため利用した自己の自動車を、前記図面(2)と表示した場所に駐車したが、この自動車を同所から立去るまでに移動させたことがない旨の部分、(3)本件原動機付自転車を判示第四の場所で発見窃取したものでない旨の部分において信用し難いことになる。

そして、これらの供述部分は、右原動機付自転車を発見し、またそのナンバープレートを本件ナンバーと付け替えた場所を前記廃屋となし、しかして、本件強盗の当日右自動車で右廃屋まで出かけたことを出発点とする前記第二の二の2を中核とする自己完結的な公判廷供述の一部を構成するものであるが、かかる経時的な一連の事実の展開を内容とする被告人の公判廷供述は、その内容の一部が右の様な信用性の欠如から欠落するときには、いわば連鎖がその一部を欠損すれば本来の機能を発揮し得ないのと同様に、右公判廷供述全体の信憑性を低下させることになることは当然であり、その意味で、信用性を欠く右各供述部分がこれを含む公判廷供述全体に占める比重は大きいものである。

五よつて、被告人の当公判廷における供述は全体として措信できず、翻つてその捜査官に対する各供述調書に高い信用性を認めることができる。

なお、右各供述調書中や関係各証拠中には、一部不合理な点(例えば、客観的には存在しない市民プールの「草むら」についての供述記載等)が散見されるが、いずれも捜査機関内の相互連絡の不備等に起因するとみられる些細なものであり、右信用性評価を左右するものではない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の一の所為は刑法二三六条一項に、判示第一の二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の五、一〇条二項に、判示第二の所為は同法三一条の五、一〇条一項に、判示第三の一ないし三の各所為はいずれも刑法二五四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第四の所為は刑法二三五条にそれぞれ該当するところ、判示第一の一と二は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い判示第一の一の罪(強盗罪)の刑で処断し、判示第二及び判示第三の各罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち二〇〇日を右の刑に算入し、押収してある猟銃一丁(昭和五九年押第五〇六号の1)、散弾実包八発(同号の2)及び空やつきよう一個(同号の4)はいずれも判示強盗の用に供し又は供せんとした物で、いずれも被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれらをいずれも没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(一部無罪の理由)

一1  昭和五九年五月一五日付起訴状の公訴事実第二の一は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、判示第二の日時、場所において、金員を強取する際使用する目的で、判示猟銃と共に猟銃用実包九発を携行し、もつて実包九発を所持したものである。」というのであり、これが火薬類取締法(以下「火取法」という。)五九条二号、二一条に該当するというものである。

2  前掲判示第一の一、二及び判示第二の各事実にかかる各証拠のうち、関係各証拠によれば、被告人は、判示第二の日時に、判示空家から判示幸福相互銀行池田支店まで、同支店から金員を強取する際に使用する目的で、判示猟銃と共に実包九発(昭和五九年押第五〇六号の2はそのうちの八発)を所持したことが認められる。

二そこで、被告人に、法定の除外事由が有るかどうかを検討するに、

1  司法巡査作成の「強盗被疑者登佐和男の猟銃・空気銃所持許可証及び狩猟者講習並びに狩猟免状の取得状況について」と題する捜査報告書によれば、被告人は、標的射撃及び狩猟を目的とする判示猟銃の所持の許可を受けており、しかして標的射撃を目的として兵庫県公安委員会から右猟銃用実包の譲受の許可を受けて、昭和五六年一二月五日に一〇〇発(同年七月八日許可分)、昭和五八年四月一二日に一〇〇発、同年五月二一日に五〇発、昭和五九年四月三日に一五〇発(いずれも昭和五八年四月五日許可分)をそれぞれ譲り受けたことが認められ、かくて前記所持にかかる実包の一部又は全部が火取法一七条一項本文(五〇条の二第一項)の許可を受けたうえでの譲受にかかる実包の一部であることが推認されるとともに、前記関係各証拠、殊に右捜査報告書によれば、被告人は、昭和五四年八月七日に乙種狩猟免許を取得し、判示猟銃外一丁の猟銃の所持の許可を受けた際、その所持の目的として狩猟が掲げられており、現に狩猟を行なつていたことが認められるのに対し、被告人が鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律八条の三の規定による登録を受けていないことを認め得る証拠は存在しないから、前記所持にかかる実包の一部又は全部は、被告人が火取法一七条一項但書三号の規定により同項本文の許可なくして適法に譲り受けたものの一部である可能性もまた否定し得ないところである。

しかして、被告人の所持にかかる右九発の実包の各譲受は、火取法一七条一項本文あるいは同条一項但書三号の重畳ないしはそのどちらかによつて適法な蓋然性のあることになる。

2 ところで検察官は、公訴事実記載の如き違法な目的で火薬類を所持する場合は、火取法二一条三号の除外事由に該らないとの解釈を前提として訴訟を追行してきており、それは察するところ、火取法二一条三号が、「第一七条一項の規定により火薬類を譲り受けることができる者が、その火薬類を所持するとき」と規定していることから、文言上、所持の期間中、継続的に、譲受の際に存在した正当な目的を有することを、その除外事由たる要件にしていると解しているものと窺えるのである。

3  しかしながら、同条の他の各号と対比して考えれば、これは、同法一七条一項本文の規定により譲受の許可を受けた者と同項但書各号の規定に該当し許可なく譲り受けることのできる者との両者を包摂するために用いられた文言と解されるから(ちなみに、同法の前身である銃砲火薬類取締法施行規則<明治四四年勅令第一六号>二二条においては、火取法二一条三号に相当する除外事由を、「火薬類ハ左ニ掲クル者カ其ノ火薬類ヲ所持スル場合ノ外之ヲ所持スルコトヲ得ス」としたうえ、同規則「第十六條及第十七条ノ規定ニ依リ火薬類譲受ノ許可ヲ受ケタル者」<同規則二二条一項三号>と「前條<同規則二一条>ノ規定ニ依リ許可ヲ受ケスシテ火薬類ヲ譲受ケタル者」<同規則二二条一項四号>とに分けて規定していた。)、右文言をさほど重視することは相当でなく、また同法二二条前段は、同法一七条一項本文の規定による許可を受け火薬類を譲り受けて所持する者が、譲受時に有していた目的を失ない、その転用の可能性もない場合等について、同法二二条後段は、同法一七条一項但書三号の規定により許可なくして適法に火薬類を譲り受けて所持する者について、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律八条の三の規定による登録の有効期間満了から一年が経過した場合等について、それぞれ所謂残火薬類を処分する義務を定め、その処分をなすまでの期間の所持を適法としているが(同法二一条八号)、同法二二条違反については所謂所持罪とは別個の、より軽い罰則が定められている(同法六〇条一号)ことからみて、譲受の際に存在した正当な目的が消滅したことのみをもつてしては、所持を直ちに違法としない趣旨であると解することができる。以上の他に更に根本的なことは、火薬類取締法を通覧しても、一七条一項所定の譲受による所持が、この譲受後に右譲受時に存在した正当な理由が消滅した代りに、或は右正当な理由のほかに、新たに違法な目的が生じたりした場合、そのときからにわかに違法になると解すべき趣旨の規定を見出し得ないから、結局同法一七条一項本文の許可を受けた者が、許可を受ける際に同条二項の規定により都道府県知事に明示した目的をもつて火薬類を譲り受け、又は同法一七条一項但書三号所定の者が、同号所定の目的をもつてこれを譲り受けてそれぞれ所持する場合において、その後、当該火薬類の所持の目的に違法な目的が加わるなどした場合であつても、なお同法二一条三号所定の除外事由は存在すると解するのが相当である。

これはまた、その所持に関する危害予防上必要な規制を行なう銃砲刀剣類所持等取締法において、銃砲等の所持についてこれを禁止し(同法三条一項)、その除外事由のひとつとして同法所定の許可を受けたものを当該許可を受けた者が所持する場合を規定する(同法三条一項三号)一方で、更に所持の態様について、右許可を受けた者は、それぞれ当該許可に係る用途に供する場合その他正当な理由がある場合のほか携帯又は運搬を特に禁止する旨の規定をおき(同法一〇条一項)、これに対し同法三条一項違反よりも軽い罰則(同法三一条の五)を設けていることの対比においても首肯できるところである。

4 なお、被告人は、当公判廷において、前記訴因を認める旨の供述をなしているが、供述全体の趣旨からみて、右供述は判示空家から判示幸福相互銀行池田支店まで、同支店から金員を強取する際に使用する目的で判示猟銃用の実包九発を携行所持したことを認めるものに過ぎず、右実包の譲受の時点で既に違法な目的を有していたことまでも認める趣旨のものとは解し得ない。

三してみると、被告人の前記実包の所持については火取法二一条三号所定の除外事由が存在しないと認めるに足りる証拠はないから、本件火薬類取締法違反にかかる訴因は犯罪の証明がないことに帰し無罪であるが、判示第二の罪と観念的競合の関係にあるものとして起訴されているから、この点については主文においてその言渡しをしない。

(量刑の理由)

本件各犯行は、被告人が犯罪の予防・鎮圧・検挙等の職責を担つていた警察官在任中に敢行したものであり、殊に判示強盗は、金融機関強盗が頻発してその防遏が急務とされている折から、特に被告人の所属した兵庫県警において、管内現職警察官による銀行強盗事犯があつて、警察官の綱紀粛正が内外ともに強く叫ばれて間もないときの犯行であつただけに、その社会に与えた衝撃は大きく、国民の警察官や警察組織に対する信頼を一層大きく失墜させたものであり、それだけに、本件各犯行はいずれも非難可能性が一般の犯行に対するそれに比し大きいものである。

そこで更に本件強盗の内容についてみるに、その犯行態様は、脅迫のため準備した散弾実包装てんの猟銃を判示銀行の従業員らの頭上に向けて現実に発砲し、弾丸は従業員らの頭上を通過して衝立のガラスを砕き、その奥のドアのガラスをも貫通し、発砲地点から約一〇メートルも奥の洗面所のドアを破損する程の威力を示しておるのであつて、弾丸が散弾であり、多人数の現在する店内での発砲であることを併せ考えると、その威嚇力は甚大であるのみならず人の傷害を惹起する可能性も高い、極めて危険な、典型的な強盗であるうえ、警察官としての知識を利用し、逮捕を免れるため、その隣接府警管下の金融機関を狙い、犯行後には同僚から捜査状況を聞き出すなどの挙に出ていること、判示のとおり、足として用いるべく予め原動機付自転車を窃取しておくなど種々の準備をなしたうえ、変装して犯行に赴くなど周到な計画に基くものであることに加え、被害金額も多額である。翻つて、動機についてみるに、詰まるところ、虚栄心による家屋の無計画な買替えと依怙地から出た業者らとの紛争が最大の原因であつて、同情し得るものはない。従つて強盗の犯情はそれ自体誠に悪質の一語につきる。

転じて判示第三の各犯行についてみても、これらはひつたくりに用いるための原動機付自転車の調達という目的に出たもので、動機の破廉恥性はおおうべくもない。

しかるに被告人は、以上のような罪を犯しながら、当公判廷においては、強盗の犯行自体を認めてはいるものの、その計画・準備行為等について、虚偽の供述を縷々なしていて、真摯な反省の態度が窺われ難い状況にある。

しからば、本件各犯行による被害品はいずれも還付され、判示銀行に対しては不足金額等につき被告人の妻の尽力により弁償がなされていること、被告人は本件に至るまでは警察官として精勤してきており、本件により既に懲戒免職され、妻とは、子供が社会や教育の場でつまはじきにされるなどの悪影響を憂い離婚に至るなど一定の社会的制裁を受けていること等の事情に加え、妻は、離婚にも拘らず、四人の子を含む一家の生計の中心であつた被告人の早期の社会復帰を望んでおり、とりわけ、本件を知りつつ自ら進んで証人として出廷し、被告人の早期帰還を希う旨の供述をなす中学生の娘の心情には胸を打つものがあること等の事情を斟酌しても、なお被告人の負うべき刑責は重大である。

よつて、主文のとおり判決する。

(池田良兼 古田 浩 白井幸夫)

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